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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)3944号 判決

原告

株式会社ホンマル商会

右代表者

谷端慶子

右訴訟代理人

菅生浩三

外三名

原告

日本火炎海上保険株式会社

右代表者

左近保太郎

原告

興亜火災海上保険株式会社

右代表者

前谷重夫

右原告両名訴訟代理人

水野武夫

外三名

被告

日米自動車株式会社

右代表者

梶原郁太郎

右訴訟代理人

高島三蔵

外二名

主文

一  被告は、

1  原告日本火災海上保険株式会社に対し金一、九一八、四六五円とこれに対する昭和四九年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員

2  原告興亜火災海上保険株式会社に対し金二、〇八一、五三五円とこれに対する昭和四九年一二月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員

を支払え。

二  原告株式会社ホンマル商会の請求の全部、ならびに、原告日本火災海上保険株式会社のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、

1  原告日本火災海上保険株式会社に生じた分の二分の一および原告興亜火災海上保険株式会社に生じた分の全部を被告に負担させ、

2  被告に生じた分の五分の三を原告株式会社ホンマル商会に、同じく五分の一を原告日本火災海上保険株式会社に負担させ、

3  その余を各自に負担させる。

四  この判決は、第一項および第三項につきかりに執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告ホンマル商会が、被告に対し昭和四三年一〇月二二日同原告の所有にかかる本件建物の一階のうち少くとも西側大部分を賃貸し、被告がこれを自動車部品、工具等の置場として使用していたところ、昭和四九年五月一六日午後一時二〇分頃右建物から出火して、同建物およびこれと境界の壁を共通にしてその壁についた戸より往来が可能となつており当時同原告が占有使用していた本件隣接建物ならびに右両建物内にあつた営業用什器、備品等が全焼したことは、当事者間に争いがない。

二原告らは、本件火災が本件建物のうち被告の賃借占有部分から発生したものであると主張するところ、被告において右主張を争つているもので、以下判断する。

(一)  まず、右火災当時被告の賃借占有下にあつたのが本件建物の一階のうちどの部分であるかが争われているが、この点に対する当裁判所の判断は次のとおりである。

〈証拠〉によると、被告、原告ホンマル商会間に昭和四三年一〇月二二日取交わされた賃貸借契約書には、本件建物の「階下のみ」を賃貸借の目的物件とする旨の記載があることが認められるけれども、〈証拠〉によると、本件建物一階の東側幅約1.5メートルの部分には、原告ホンマル商会所有の洗濯機が置かれ、本件建物二階へ通じる階段が設置されており、また同部分は本件隣接建物との境界の壁に設けられている戸により右建物へ出入りする通路として必要なため、同原告は、右部分を除外して被告に賃貸したものと認めるのが相当である。なお被告は、本件火災に先だち同原告の要求を受けて昭和四九年五月七日に別紙図面記載のハニホヘトチリヌハの各点を順次結んだ直線で囲まれた部分を同原告に明渡したと主張するが、右主張を容れることはできない。〈証拠〉によると、原告ホンマル商会は、昭和四九年三月頃被告に対し本件建物一階を車庫として利用するために前記被告の賃借部分の明渡しを求めたところ、一応本件建物一階の東側半分を明渡すという合意が成立し、被告において同年五月初旬頃右部分の整理を始め、同原告の取締役である谷端としえに明渡の対象となるべき部分を確認してもらうなどしていたが、本件火災当時被告による右部分の整理は二分の一程度すんでいただけで、本件建物一階南端部分に設置されていたスチール棚(別紙図面記載のハヌリルハの各点を順次直線で結んで囲まれた部分に相当する)の東側には被告の営業用備品である工具箱が多数残されており、同原告は右明渡を受くべき部分をまだ使用していなかつたし、被告は、その賃借部分の同年五月分の賃料として従前と同額を支払つていたことが認められる。以上の次第で被告は、本件火災当時原告ホンマル商会に対し、同原告から要求を受けた本件建物一階の東側半分の明渡しを了していなかつたと認めるのが相当であり、〈証拠判断略〉。

(二)  次に、〈証拠〉を総合すると、本件火災が本件建物一階の南側部分で発生したことは、まず明らかである。そして、前顕〈証拠〉によれば、火災直後の実況見分の結果では、右南側部分をさらに東西に三分すると、その西側部分が西側の側壁に近づく程度毀の程度が低くなつており、東側部分に設置されている階段の西側壁の外面に深い炭化が見られたことが認められ、さらに〈証拠〉によると、本件火災の第一発見者とされている豊原昭重は、右発見の時点において本件建物一階の中央部よりやや東寄りの南端付近が燃えていると認識していたこと、〈証拠〉によると、田中保和、西村俊二は、炎が本件建物一階天井の中央あるいは中央東寄りのあたりをはうように北側へ延びてきたのを目撃していることが認められる。以上の認定事実を総合すると、本件火災は、本件建物一階南側部分のうち被告賃借部分から発生したものであると推認するに十分であり、これを覆すに足る証左はない。

三本件火災の直接の原因については、原告らは、被告の管理不十分に基く関係人のたばこの火の不始末であると主張し、被告は、これを否認して放火、漏電その他が考えられると主張するが、前掲〈証拠〉によれば、大阪西消防署はこの点を究明すべく火災の直後から実況見分や多数関係人の供述聴取に努めたけれども、ついに原因不明と判定したことが明らかであり、その他本訴訟において顕出された全証拠に徴しても右火災の直接の原因が何であつたかを確定することが不可能である。

しかしながら前述のとおり、本件火災による焼失物は、被告が原告ホンマル商会から賃借していた全物件を包含しており、かつその出火地点が右賃借物件であつた以上、それにもかかわらず右火災の発生が被告の責に帰すべき事由に基くものでなかつたことの格別の立証がない限り、これにつき被告の賃貸借契約上の債務不履行責任は、当然問題とならざるを得ない。そしてこのことは、ひつきよう被告が右賃借物件を管理するにつき火災防止に必要な限度で善良な管理者の注意義務を尽くしたといえるかどうかに帰着するものである。

(一)  被告はまず、右賃借部分の被告の管理権限と責任が事実上大幅に制約されたものであつたと主張する。本件建物一階の東側幅約1.5メートルの部分は原告ホンマル商会が使用しており被告の賃借部分には含まれていなかつたことは、前述のとおりであり、かつ、〈証拠〉によれば、本件建物一階は、原告ホンマル商会の関係者が毎朝八時頃に北側に設けられているくぐり戸を開錠し、被告の社員がそこから本件建物一階に入りつり戸のかんぬきを抜いて午前九時から午後五時頃までの就業時間の間被告賃借部分を使用し、就業時間の終了と共に被告の社員がつり戸を閉めかんぬきをおろしてくぐり戸から外へ出て、原告ホンマル商会の関係者がくぐり戸を旋錠するという方法により被告の利用に供されていたことが認められる。しかし、本件建物一階の大部分が被告の賃借部分であつたことは、前述のとおりであり、〈証拠〉によれば、被告の就業時間中の賃借部分への出入りは自由であつて何ら原告ホンマル商会の許可あるいは承諾を必要としたものではなかつたことが認められるのであるから、少なくとも就業時間中において、被告がその賃借部分を管理する権限と責任を有していたことは、疑を容れる余地がない。そして暦によれば本件火災の発生日は、木曜日であつたことが明らかであり、かつ〈証拠〉によれば、同日被告の営業活動が少なくとも本件建物の向いの事務所で行なわれていたことが認められるのであるから、その午後一時二〇分頃右賃借物件からの出火について被告が前示主張の理由で管理上の責任を免れ得べき筋合は存しない。

(二)  しかるに被告は、その賃借部分の管理につき善良な管理者の注意義務を尽くしてきたと主張する。しかしながら〈証拠〉によると、被告は、その賃借部分を本件建物一階北側に設けられている四枚のつり戸のうち中央の二枚を東西に明け放したままで使用していたが、右賃借部分には被告の社員を常駐させず、本件建物と幅約六メートルの道路を隔てて向かい側に位置する事務所またはその西に位置する倉庫から監視していたにすぎず、しかも正式には右賃借部分の管理責任者を定めていなかつたことが認められ、さらに〈証拠〉によると、同人らは本件火災前被告の関係者がくわえたばこで被告賃借部分に出入りしているのを目撃していること、本件建物出入口の掃除の際には煙草の吸いがらが落ちていたことがあることなどが認められる。〈証人〉は、被告賃借部分を事務所として使用してはならないと原告ホンマル商会から言われていたし、被告において毎週月曜日の始業時に行なう朝礼の際作業中のくわえ煙草の禁止、喫煙用具のある場所での喫煙について再三注意をしており、従業員らもこれを励行していた旨供述しているが、〈証拠〉によれば、原告ホンマル商会と被告との間の賃貸借契約は、被告賃借部分と物品の管理のために被告社員を常駐させることを禁じているとは考えられないし、前認定の事実からしてくわえ煙草の禁止が被告社員あるいは出入り業者に徹底されていたかどうかは疑わしく、前記〈証拠〉は、全面的に信をおけるものでない。

そうすると被告は、原告ホンマル商会との賃貸借契約上要求される賃借物の保管にかかる善良な管理者の注意義務を尽くしていたということができないから、この債務不履行を原因として右賃借物から発生した本件火災により同原告が被つた損害を賠償する責を負つたものというべきである。

四よつて、以下被告の賠償すべき損害の額について判断を進める。

(一)  本件の火災によつて木造二階建、床面積各階とも50.84平方メートルの本件建物が全焼したことは、上述のとおり当事者間に争がない。そして、被告が原告ホンマル商会から賃借していたのは同建物の全部ではなく、その一階のうち東側幅約1.5メートルの部分を除いた個所であることは、前判示のとおりであるが、同建物の規模、構造にかんがみ、右賃借部分の焼失は、それだけで当然に本件建物の他の部分の効用、価値をも無に帰せしめたものと推認するのが相当であるから、被告は、同原告に対し右賃借部分に対する管理義務不履行と相当因果関係に立つものとして同建物全体の価値に相当する損害を賠償する責を負つたものといわなければならない。

ところで、〈証拠〉によれば、原告日本火災は、昭和四八年五月一六日同ホンマル商会との間で本件建物および本件隣接建物につき保険金額を一、五〇〇万円、被保険者を本件建物については同原告・保険期間を同年月日から昭和四九年五月一六日午後四時までとする火災保険契約を締結したこと、原告興亜火災は、昭和四八年一一月一五日同ホンマル商会との間で本件建物につき保険金額を三〇〇万円、被保険者を同原告、保険期間を同月一八日から昭和四九年一一月一八日午後四時までとする火災保険契約を締結したこと、しかるに同年五月一六日午後一時二〇分頃発生の本件火災により本件建物が焼失したので、原告日本火災の依頼により当該業務を専門とする株式会社三和鑑定事務所において右焼失物件の価額に相当する被保険者原告ホンマル商会の損害額を四〇〇万円と算定したところに従い、原告日本火災と同興亜火災との間でこれを配分し、それぞれの約定保険金額の範囲内で、原告日本火災においては同年同月二七日一、九一八、四六五円を、同興亜火災においては同年一二月一七日二、〇八一、五三五円を原告ホンマル商会に支払つたことが認められる。そして右損害額の算定は、〈証拠〉に徴し合理的と考えられる。

そうすると原告日本火災および同興亜火災は、右のとおり支払をなした保険金額の限度において原告ホンマル商会が被告に対し有していた損害賠償請求権を取得したものというべきである。よつて被告は、原告日本火災に対しその支払にかかる保険金額相当の金一、九一八、四六五円とこれに対する右の支払日の翌日である昭和四九年五月二八日以降民法所定年五分の率による遅延損害金を支払う義務があり、同原告の請求は、以上の履行を求めている限度においてまず理由があるから、これを認容すべきものである。また被告は、原告興亜火災に対しその支払にかかる保険金額相当の金二、〇八一、五三五円とこれに対する右の支払日の翌日である同年一二月一八日以降前同率による遅延損害金を支払う義務があり、その履行を求める同原告の請求は、全部理由があるから、これを認容すべきものである。

(二)  本件の火災によつて、本件建物のうち被告が原告ホンマル商会から賃借していなかつた部分および本件隣接建物の内部にあつた営業用什器、備品が全焼したことも、上述のとおり当事者間に争いがない。しかし、被告が原告ホンマル商会との賃貸借契約に基き保管義務を負つていたのは、もとより賃借建物部分だけであつたところ、こうした賃借建物につき保管義務の不履行があれば、当該建物と近接しているにせよその外にある有体動産の滅失ないし効用毀滅が通常生ずるであろうという予測は、一般的に成立し得るものと解しがたく、本件の事案においても右什器、備品等の滅失は、被告の賃貸借契約上の債務不履行と相当因果関係に立つものということができない。それは、むしろ右不履行に基因した火災による延焼という特別の事情によるものと認めるのが相当である。原告ホンマル商会は、被告が近隣で営業活動をしていたから、同原告が本件建物および本件隣接建物に自己の所有物や谷端慶子および谷端としえからの受寄物を置いて高級既製服の仕立と卸売業を営んでいたことを知つていたはずであるとし、右の故にこれらの物件の焼失が被告において予見しまたは予見し得べかりし事情であつたと主張するが、かりに被告において本件火災前その賃借物に近接する場所に有価な有体動産の存在することを知つていたとしても、右賃借物が火災により焼失した場合(ひとしく賃借物の焼失といつても、焼毀時間の長短、延焼の有無、程度など事情は多様であり得る。)、必然的にこれらの有体動産も焼失するであろうと予想し得たとは断ぜられない。(以上の点はさておくとしても右焼失動産の種類、数額に関する〈証拠判断略〉、結局右焼失物件の価額がいかほどであつたかは、立証を欠くものといわざるを得ない。また同原告の主張によれば、右焼失物件の大部分が同原告の谷端慶子および谷端としえからの受寄物であつたというのであるが、右主張の基本となる寄託契約関係の立証はないし、同原告と慶子およびとしえとの間の経済的同一体云々の主張も、右両名の所有物件の焼失が当然に同原告の損害を意味することの根拠として採ることを得るものでない。)

そうすると被告は、本件火災に基く動産の滅失につき原告ホンマル商会に対し損害賠償義務を負つたものと認めることができず、右と反対の前提に立脚する同原告の請求の全部、ならびに、原告日本火災の請求の一部は、理由がなく棄却を免れない。

五以上の理由により、なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(戸根住夫 大月妙子 前田順司)

別紙(一)、(二)〈省略〉

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